阪神間の温泉銭湯

"阪神温泉郷"

 ここ数か月、阪神間の温泉銭湯にハマッている。

 温泉銭湯とは、温泉法に定める温泉を利用した公衆浴場(銭湯)のことで、ネット上でざっと検索しただけでも、兵庫県神戸市、芦屋市、西宮市、尼崎市に10軒以上存在する。
 どれも甲乙つけがたい上質の湯で、非加熱・掛け流しの源泉浴槽を設けたり、温泉旅館顔負けの風情ある露天風呂を併設するなど、設備も充実している。さいろ社を主宰する松本康治氏は、"阪神温泉郷"という称号を贈られているが、これは決して誇大表現ではないと思う位、現在の阪神間は温泉の宝庫なのだ。
 無論、温泉銭湯と言えども、 それでいて、物価統制令の適用を受ける公衆浴場であるから、入浴料はどこも同額、兵庫県公定料金の340円。たったこれだけで天然温泉を愉しむことができる。

 首都圏に較べて、火山性の"本格温泉"に恵まれない関西だけれど、よ〜く探せば、目の前にいつでも入れる良質かつ安価な温泉がいっぱいある。遠出しそこねた休日の午後は、訳のわからぬスーパー銭湯めぐりをするよりも、これらの温泉銭湯めぐりをお勧めしたいと思う。

阪神間の主な温泉銭湯
太字は私が入浴したところ

神戸市 六甲道灘温泉
灘温泉 水道筋店
篠原温泉 六甲の湯
六甲おとめ塚温泉
朝日温泉 巳泉の湯クアアサヒ
湊山温泉(*厳密には"銭湯"ではない)
天王温泉(*厳密には"銭湯"ではない 2004年8月廃業)
芦屋市 あしや温泉
西宮市 双葉温泉
浜田温泉
大箇温泉
武庫川温泉 クア武庫川
尼崎市 富峰の湯 湯あそびひろば元浜
蓬莱地湧の湯 蓬莱湯
築地戎湯

 

背景

 阪神間の温泉銭湯の大半は、阪神淡路大震災後に誕生したものである。

 1995年1月17日早朝に起きたあの大地震では、古い長屋や木造アパートの多くが倒壊し、かけがえのない人命が失われた。
 あれから10年。実際に現地に行くとよく分かると思うが、震災の被災地では、真新しい規格住宅が目立つ。大手住宅メーカーの手による工業化住宅である。再建に際して時間的余裕がなかったこと、あるいは、木造住宅に対して、工業化住宅の被害が少なかったことが影響しているのかも知れない。いずれにせよ、同じような住宅や集合住宅が並んでいる。地震という天災によって、結果的には古い住宅の建て替えが一気に進んだ訳だ。
 その"強制建て替え"の影響をまともに受けたのが既存の銭湯である。なぜなら、新築住宅の大半は、内風呂を備えていたからである。
 街は徐々に復興しても、旧来の銭湯に客は戻って来ない。多くの公衆浴場が廃業するなかで、一部の経営者は浴場の価値を高めて生き残りをはかることを決意した。その新たな付加価値が温泉だったのである。 

 他方、地質的な条件も、温泉掘削に好都合であった面もあるのではなかろうか。

 一般に、海に近い平野部(沖積平野)に湧く温泉は、食塩泉が多い。たとえば、大阪近郊(大阪平野)にある新興温泉(スーパー銭湯)の泉質は、その多くが食塩泉である。要するに古代の海水が地熱で温まっただけ(!)の温泉で、『湯冷めがしにくい』と言えば聞こえがいいが、いつまでも肌がべちょべちょする(---海水浴のあと、シャワーを浴びないのと同じことだ!)食塩泉は、できれば敬遠したいと思っている温泉ファンは少なくないと思う。
 これに対して、阪神間の温泉銭湯の多くは、重曹泉(ナトリウム-炭酸水素塩泉)、あるいはその系統の単純温泉である。地学の知識皆無の私が勝手に想像したことにしか過ぎないけれど、六甲山を背後にした阪神間は、もともと、地中深くをボーリングすれば、良質の温泉が得られる場所だったのかも知れない。

浜田温泉(西宮市) 六甲道灘温泉(神戸市灘区)

特色と考察

 阪神間の温泉銭湯の多くは、多額の資金を投じて掘り当てた良質の温泉を武器に、お湯そのもので直球勝負を挑んでいるように見える。巨大スーパー銭湯が、多彩な浴槽・小奇麗な付属設備で万人を愉しませる工夫を凝らしているのに対して、阪神間の温泉銭湯は、温泉をじっくり賞味する仕掛けがある。

 たとえば、灘温泉2店の源泉風呂。ここには、非加熱の源泉がそのまま注がれている。
 泉温は30℃と少し。体温よりも少し低目の何とも中途半端な温度だけれど、かすかなイオウ臭を嗅ぎながら浸かっていると、大変幸福な気分になれる。

 あるいは、双葉温泉の露天風呂。巨岩に植木を配したその造りは、一流温泉旅館の風呂としても決して見劣りしないものだが、温泉ファンならば、ものすごい勢いで排水口に流れ込むオーバーフローに目が釘付けになることだろう。"温泉"の称号をネタに広く薄く集客することを目的とするスーパー銭湯ならば、こんなムダは許さないと思う。なぜなら、湯口から吐出する湯に目を奪われる人は多いが、浴槽からの排水に注目する人はあまりいないからである。

 六甲おとめ塚温泉の"泡つき"もすごい。浴槽そのものは、白いタイル張りの風情もへったくれもないものだが、お湯に浸かってすぐに全身に付着する気泡に感激しない人はいないであろう。そのうち、タダのお湯に微細な気泡を混入させて、"泡つき"を再現する機械が開発され、スーパー銭湯がこぞって導入するような気がするけれど、今のところ、"泡つき"をウリにできる施設は、類まれな泉質の源泉を掘り当てた温泉だけだ。

 これらのお湯やお風呂は、もし仮に風光明媚な地方にあれば、間違いなく"名湯"の称号を得られるであろうと思う。

源泉風呂(灘温泉水道筋店) 露天風呂(双葉温泉)

 阪神間の温泉銭湯は、温泉分析書を誇らしげに掲げているところが多いのも特徴だ。
 双葉温泉や築地戎湯では、ロビーに温泉分析書の原本を掲げてあったし、六甲おとめ塚温泉では、温泉分析書の詳細が屋外の電照看板に示されている。泉質と泉温、それに、効能だけを申し訳け程度に掲げた温泉が少なくない中で、非常に好感が持てる。
 これも、虎の子の天然温泉をPRするための方策であることは言うまでもない。

築地戎湯 六甲おとめ塚温泉

 これらの温泉銭湯は、あくまでも銭湯である故、入浴料は県下一律の統一料金(現在は大人340円)である。関西銭湯の古くからの伝統に従って、希望者には別料金でサウナを利用させてはいるけれど、温泉浴槽や露天風呂に入るための特別料金はいらない。ロイヤル入浴料なぞと称する割り増し料金を払わないと温泉に入れないこともある一部のスーパー銭湯との最大の差異である。

 ちなみに、一部のスーパー銭湯が、妙に不明朗な料金体系となっているのは、統一料金で入れる公衆浴場とすると、水道料金や税金などが大幅に減免されるためである。(一例として、西宮市の上下水道料金はこちら)
 自前の源泉をもつ温泉銭湯と言えども、オーバーフローした湯は公共下水道に放流され、相応の料金を徴収される。毎分400L(=0.4m3)の揚湯量なら、1時間あたり24m3、つまり、1080円(西宮市の場合)もの下水道料金がかかるわけで、温泉ファン待望の"掛け流し"は、コスト面でも非常に割高なのだ。

 無論、巨大スーパー銭湯にはどうしても勝てない点もある。

 まず第一に、いずれの施設も小規模であることだ。市街地で古くから営業していた銭湯だから、空間的にかなり苦しいことは否めない。目玉の源泉風呂が、定員2〜3名といったところもある。これはもうお互いさまなのだから、譲り合って源泉を賞味するしかない。
 生活に密着した浴場ゆえ、全身にカラフルな装飾を施したオニイサン or オッサンをちょくちょく見かける。もちろん、入浴マナーはちゃんと心得ている人ばかりで、こちらもマナーを守るかぎりにおいては余計な心配は不要だが、この業界を生理的に受け入れられない方にとっては、相当なストレスになるに違いない。
 各浴場とも、相当に努力をしているようだが、依然として駐車場は少なく、クルマで乗りつけると、その置き場に苦労するかも知れない。もともと、歩いて行ける程度の商圏で勝負していた銭湯だから、マイカーで乗りつけることが前提の巨大スーパー銭湯と同列に評価することに無理があるのだが...。
 巨大スーパー銭湯は、どこも風呂上がりのひとときを愉しむための設備が充実している。阪神間の温泉銭湯も、一部の浴場ではアルコールや軽食を提供しているが、正直言えば、"簡易居酒屋"の域を超えないものなので、周辺の飲食店を利用したい。
 温泉銭湯で、チープだけれど本格的な"温泉"を愉しんだあと、芦屋や三宮のお洒落なショットバーで一杯やるのもいいと思うが、いかがであろうか。

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制作:2004年7月21日 修正:2004年11月25日