戸狩野沢温泉→長野

 極上の温泉を堪能できたので、再び戸狩野沢温泉駅に戻って、飯山線の旅を再開する。

 戸狩野沢温泉発12時40分の長野行きは、新型の2両編成であった。ハンドルを握るのは、実習中とおぼしき若い運転士。隣には指導役の白髪の運転士が座っている。

 『出発、進行。30秒延。』

 初々しい指差喚呼の声が、客室まで聞こえる。国鉄時代からの職員が大量に定年退職する時期を迎え、ここ数年、どのJRでもしばしばこうした光景を見かけるようになった。

 かつて、ほとんど見捨てられたローカル線にも、こうして新しい風が吹き込まれるのは、その未来が約束されているようで、喜ばしい。

 打ち捨てられた転車台が残る飯山では、多くの客が乗り込んで、立ち客もいる状態となった。列車は千曲川にそって更に進むが、相変わらず急なカーブが多い。

 左手から複線電化の信越本線が近づき、しばらく走ると豊野である。豊野でおりた客は数人で、満員に近い列車の乗客は、ほぼ全員が長野まで乗り通した。

長野→湯田中


長野駅(善光寺口)


長野電鉄長野駅で


見渡す限りのリンゴ畑を行く


湯田中駅


湯田中駅で

 長野電鉄は、長野市とその近郊に総延長57.6Kmの路線をもつ地方私鉄である。

 都心のターミナルである長野電鉄長野駅は、地方私鉄にしては異例の地下駅となっている。JR長野駅善光寺口を出ると、右手に地下鉄そっくりの駅入り口があった。

 地下2階のホームに降りると、ちょっとクラシックな丸っこい車体の電車が出発を待っていた。
 これから乗る湯田中行きの有料特急で、日中は、長野から湯田中に直通するのは、毎時1本の特急のみとなっている。
 黄金色のクロスシートが並ぶ車内は特別豪華というわけではないけれど、早くも缶ビールの栓を抜いて気勢をあげるグループもいた。

 テープによる車内放送(有料特急列車でもワンマン運転なのだ!)が流れてドアが閉まると、列車は地下トンネル内をぐんぐん加速していく。私の予想に反して複線の立派なトンネルで、途中3つも地下駅があった。
 地上に出てからも複線の線路が続く。やや急なカーブがあるのが私鉄らしいが、ここをびっくりする位の高速ですり抜けるのも、やはり私鉄らしくてよい。沿線は一戸建てや集合住宅が立て込んでいて、まるで大都市近郊の私鉄に乗っているような気分である。

 けれども、長野から7つめの朝陽駅で単線になると、次第に地方私鉄の匂いが漂ってきた。車窓には野菜畑が目立ち、大手私鉄ならとっくに架け替えられているようなぼろっちい鉄橋で千曲川を渡った。列車の速度も、心なしか遅くなったような気がする。

 須坂は、屋代線が分岐する拠点駅で、車両基地が併設されている。
 大手私鉄では、ホームから車両基地が覗ける駅は少なくなったが、この駅では、車庫で休むさまざまな車両が見える。こんな駅なら、1時間くらいの列車待ちはちっとも苦にならないだろう。

 水田に代わってリンゴ畑は増えてくると、小布施。
 小布施は、古くから栄えた商業の町で、古い町並みのなかに博物館や美術館が点在している。栗を使った和菓子や、最近ではワインも売り出し中なのだそうで、今度来るときは、ゆっくり散策したい。駅構内には、腕木式信号機が立ち、古い電気機関車が保存されている。これは、明日、見物することにしよう。

 信州中野を出ると、列車は大きく右に曲がって急坂を登り始める。1000分の33.3という、日本の鉄道で通常許される最高度の勾配である。
 カーブが多いせいもあって、列車の速度は目立って落ちる。線路の両側は見渡す限りのリンゴ畑。収穫時期にはまだ早いようだが、赤く色づいた実をつけた木もあり、車窓から手を伸ばせば簡単にもぎ取れそうである。

 15時07分、終点の湯田中に着く。
 列車は、あまり長くないホームを1両分ほどオーバーランして停車するが、これは運転ミスではない。湯田中駅は、我が国では唯一のスイッチバック式の終着駅なのだ。ポイントが切り替わったところでほんの10mばかりバックして、ドアが開いた。

 湯田中からは、渋温泉や志賀高原方面へのバスが連絡している。すぐの発車だが、その前に湯田中駅舎を観察したいと思う。

 資料によれば、現駅舎は1956年に竣工したもの。まだまだ日本が貧しかった時代の建物だから、高価な資材は何ひとつ使われていないが、モダンなデザインに戦後の新しい息吹を感じる。
 もっとも、さすがに築後半世紀を経ると痛みも激しく、観光地の駅として、早急に建て替えか化粧直しが必要だろう。

 観光地の駅に着いたあと、しばらく駅舎を眺めている旅行者は多くない。列車に接続する志賀高原方面行きのバスは、とっくに出発している。
 今夜の宿泊地である渋温泉まで、バスの所要は5分。ならば、徒歩でも15分とはかからないだろうと駅前通りを歩き始めたのだが、やがて、田舎のバスは予想外に速いことを痛感することになる。

 歩けど歩けど渋温泉は遠く、汗びっしょりで宿に着いたときは、既に16時まえであった。


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制作:2005年10月18日 修正:2005年10月28日