急行銀河、東京行き


急行銀河 入線!

 22時16分、大阪駅(新)10番ホームに列車が入線してきた。急行『銀河』東京行き。30年以上、深夜の東海道本線を走り続けてきた唯一の寝台急行列車である。

 かつて、東京・北陸方面への長距離列車を送り出してきた(旧)9・10・11番ホームは、駅の改築に伴って取り壊され、いまはあとかたもない。いま、大阪駅発の優等列車は近郊電車とホームを共用しており、『銀河』と反対側の(新)9番ホームには、通勤客の行列が出来ている。

 この日、大阪駅で扉が開くと同時に乗り込んだのは、A寝台が10人ほど、B寝台は各号車とも2〜3人程度で、全部足しても30人に届かないのではないかと思う。閑散期とはいえ、厳しい利用状況である。

 21世紀に入ってからの夜行列車の退潮ぶりは目を覆うばかりだが、東京-大阪間に関しては、全体の需要が膨大で、『銀河』には安定した固定客がいるとされていた。
 ところが、『のぞみ』に代表される新幹線のスピードアップと夜行高速バスの価格破壊の挟み撃ちに遭い、利用者が激減。11月18日(2007年)の朝日新聞によれば、来春(2008年)のダイヤ改正で、『銀河』の廃止が内定しているのだという。

 じつは、大阪駅の改札を入るまえ、桜橋口のJR高速バスのりばを眺めてきたのだが、予想外に多くの客がいてびっくりした。肉声の案内放送がひっきりなしに流れて、大きな荷物を持ったたくさんの若者がバスを待っている。今から四半世紀まえ、わたしが学生だった頃の駅の光景が、そっくりそのまま現在の高速夜行バスのりばにあった。今や、長距離を安価に移動するには、高速夜行バスがいちばんなのだ。

 かつて、周遊券を手に夜行列車で全国を巡った私にとっては淋しい限りだが、もはやとっくに勝負はついているというのが正直な感想である。昭和の匂いを残した夜行列車は、観光目的のごく一部のものを除いて、あと5年以内に消え去るのではないか。 

開放型A寝台車


A寝台車のベッド(下段)


喫煙室


号車札を照らすランプはA寝台だけの装備

 今回の旅行では、A寝台上段を奮発した。実は、開放型A寝台に乗るのは生まれてはじめてである。

 現在、昔ながらの開放型A寝台を連結する客車列車は、『銀河』と『日本海2・4号』のみだが、前述の朝日新聞の記事によれば、『日本海2・4号』も来春の廃止が内定しているのだという。つまり、開放型A寝台客車に乗れるのは、この冬が最後ということになる。

 じゅうたんが敷かれた車内には、通路の両側に2段ベッドが並ぶ。キチンとメイクされたベッドは、幅・高さともに十分で、窮屈な感じはまったくない。上半身を起こして、時刻表を読むこともできる。さすがはA寝台である。
 下段は2/3程度、上段は1/4程度の寝台が埋まっている。既にカーテンが閉じられているので、どんなお客が乗っているのかわからないが、カメラや録音機を手に車内を行ったり来たりしてるのは私だけなので、コテコテの鉄ちゃんはいないと思われる。

 車内放送の録音を終えると、列車は既に吹田駅を過ぎていた。予定通り、喫煙室に移って一杯やることにする。A寝台車の一端には、大きなテーブルがついたボックス席があって、たとえタバコを吸わなくても、流れ行く車窓を楽しむことができる。

 シートに腰掛け、持参した缶ビールをひと口呑むと、たちまち酔いがまわってきた。車窓には、見慣れた東海道線の沿線風景が流れるが、いま、私はA寝台車の車上にいる。いつもと違う列車から見るいつもの風景。毎度のことながら、列車の旅に出ることを実感する瞬間だ。

 喫煙室では、私と同世代とお見受けする男性とご一緒した。手には水割りであろうか、氷を浮かべた紙コップをお持ちである。なかなか旅慣れた方だ。

 聞くと、北海道から四国出張の帰路、わざわざこの『銀河』に乗られたのだという。やはり鉄道ファンで、私と同様、さきの新聞報道で廃止を知り、最後のA寝台を楽しむために乗車したらしい。
 彼は、バスとは比較にならない寝台車の優雅さをしきりに語る。確かに、アルコールを片手に一服するなぞ、窮屈な夜行バスではとてもできない相談である。
 もっとも、その寝台車の優雅なひとときに夜行バスの数倍、新幹線グリーン車をも超える価値を見いだせる人は、そう多くはないのだと思う。恐らく、今晩この列車に乗っている人のすべては、何らかの鉄道ファンではあるまいか。もう少し、隠れ鉄道ファンが多ければ、『銀河』も廃止の憂き目にあうことはなかったと思うのだが。

 籠るように聞こえるレールの音を聞きながら寝台車談義をしている間も、列車は心地よい速度で滑るように走っている。今日の機関士は、ベテランなのだろうか。客車特有の前後方向の衝動がまったくない。古さは隠せないけれど、きちんと整備清掃された客車は快適である。
 あと3か月でこの列車がなくなるとは信じ難いが、最後の日まで、伝統の寝台列車にふさわしい安全快適正確な旅を提供して欲しいと思う。


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制作:2007年12月23日 修正:2008年03月20日