晩秋の東北旅行---青函連絡船(2)


元町から函館港を望む
正面に見える船は摩周丸。


元町界隈で


函館市電


メモリアルシップ摩周丸

メモリアルシップ摩周丸

 函館駅前のホテルから、まずは、市電に乗って元町方面に向かう。
 元町近辺は、函館山の麓に古い洋館が立ち並ぶ地区で、観光客に人気の一角である。各所にきちんとした案内板があり、第一級の観光地としてよく整備されている。盛りを過ぎたとは言え、紅葉はまだ美しく、多数の観光客が散策を楽しんでいた。

 函館港に面した赤レンガの倉庫群は、内部が改装されて、飲食店や物販店になっている。海産物や菓子を売る観光客向けの店も少なくないが、明らかに地元客を対象とした雑貨屋や洋服屋も入居していて、思いのほか盛況である。いくつかのレストランでは、結婚パーティーなども行われており、礼服姿の人も目に付いた。

 しかし、それから少し駅方向に歩くと、人通りはぷっつりと途切れてしまう。
 古びた冷凍倉庫や巨大な卸売り市場があるが、人影は少なく、カラスがごみ箱を漁っていたりする。淋しいを通り越して、少し不気味な感じすらする一角を過ぎたところに、旧青函連絡船・摩周丸が係留されていた。

 青森の八甲田丸と同じく、この摩周丸も連絡船の栄光を後世に伝えるべく保存されたわけだが、その経営母体となる第三セクター・シーポートプラザの経営状態は、破綻寸前らしい。
 シーポートプラザは、飲食店や物販店が入った施設だが、休日の午後だというのに、その大半が店を閉めている。ペンキは剥げ、木製の遊歩デッキには、ところどころ穴があくありさまである。

 500円の入場料を払って、内部を見学する。こちらも、船内には連絡船に関する資料などが数多く展示されている。ブリッジや通信室も見学可能だが、八甲田丸と同時期に新造された同型の船であるから、その構造はまったく同じで、新たな発見は少ない。

 今日は1日で青森・函館2か所の保存船を見たわけだが、その内容は青森・八甲田丸に軍配が上がると思う。もともと、連絡船の母港は函館であるだけに、これは少々残念である。青函連絡船の元船員たちは、その多くが今も函館市内で暮らしているはずで、彼らを活用したイベントなどが催せないものか、などとも思ってしまった。
 もっとも、連絡船を懐かしいと思う人は、今後は確実に減る。連絡船廃止後十数年がたち、函館観光の主役である若い女性たちには、もはや函館=連絡船の街という発想はないであろう。赤レンガ倉庫群の如く、築後1世紀を経れば立派な観光資源にもなり得るが、たかだか40年足らずの時間しか経ていない連絡船は、単なる時代遅れの鉄の塊でしかない。
 連絡船保存の今後は、途方もない困難が待ち受けているような気がした。

 再び赤レンガの倉庫群に戻って、ビアホールで夕食。地ビールと北海道産の素材を用いた料理を提供する店で、たいへんな盛況である。昨日・一昨日ともに淡泊な日本料理の夕食であったから、ほかほかのコロッケやホタテ貝柱のバター焼きが旨かった。

続く

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2001年11月10日 制作 
2001年11月21日 修正