■津軽鉄道
五所川原からは、津軽鉄道に試乗する。
津軽鉄道は、五能線五所川原と津軽中里間全長20.8Kmの私鉄である。全線単線・通票閉塞(金木-津軽中里間はスタフ)、腕木式信号機も残るローカル線の旅情溢れる路線だ。
毎年、冬になると『ストーブ列車』が登場し、最近はパッケージツアーに組み込まれるまでになっているが、冬季ダイヤは11月16日からで、残念ながら乗車はできない。
津軽五所川原駅構内には、古い客車や貨車が半ば展示するかの如く留置されている。けれども、ホームで乗客を待っていたのは、いわゆる軽快気動車と呼ばれる新型車両であった。
もとは、国鉄改革で誕生した第三セクター向けに開発された車両であるが、少しずつ仕様を変えて、いまは全国のローカル私鉄で走っている。
激しい雨をついて、15時23分、津軽五所川原発。新しい車両なので、加速は鋭く、乗り心地は良好である。
2つめの五農校前で、男女の高校生がどっと乗り込み、立錐の余地もない混みようになる。人いきれで窓が曇り、景色は見えない。
仲間と雑談に興じるもの、文庫本やマンガを読み始めるもの、はたまた、皆とは少し離れた場所で二人だけの時間を過ごすカップルなど、いずこも同じ通学列車の光景である。
ただ、二十年前の私の時代と違うのは、一心不乱に携帯電話でメールをやりとりしている生徒がいることだ。私は、病院からの緊急呼び出し以外、携帯電話を使うことはほとんどないけれど、現代の高校生は、お小遣いのかなりの部分を電話代に費やしているのではないか。
津軽飯詰では、上り列車と交換する。
スノーシェッドを潜って到着したので、茶色いディーゼル機関車が牽く客車列車であった。時刻表に載ってない列車で、『団体専用』のサボが入っている。もうすぐ運転を再開するストーブ列車の試運転ではないかと思う。
15時45分、金木着。
雨が小降りになったのを見計らって、駅から徒歩10分程度のところにある斜陽館を見に行く。
斜陽館は、太宰治の生家であり、長らく旅館として使われていた建物を建築当時の姿に復元したものである。
レンガ塀に囲まれた建物は、津軽には場違いとも思える豪勢な建物であった。中でも、洋間と三和土(たたき)が私の目を惹く。洋間には豪華なシャンデリアが吊られ、立派な椅子とテーブルが置かれている。広い三和土には、小作農から集めた米俵が山と積まれたらしい。戦前の地主の経済的地位は、私の想像を絶するものであったようだ。こんな支配階級の家に生まれた大宰は、やがて、その出生に大いに悩むことになる。
いちばん奥の土蔵の中には、大宰ゆかりの品々や原稿などが展示されている。ひとつひとつを丁寧に見ていると、時間はあっという間に過ぎる。列車の時刻が迫っているので、斜陽館を辞して、再び金木駅に向かった。
天気が悪いこともあるが、北国の夕暮れは予想以上に早い。まだ17時前だが、あたりは真っ暗である。
このまま、上り列車に乗れば青森までの連絡も良いが、せっかくここまで来たのだから、終点・津軽中里まで試乗しておこうと思う。
高校生を吐き出したあとの下り列車に乗ろうとしたら、『お客さん、五所川原行きは向こう』とタブレットを持った駅員が声をかけてくれた。こんな時間に、いかにも旅行者風の男が下り列車に乗るのは、おかしいと思ったのだろう。けれど、私はある目的と意思をもって下り列車に乗ろうとしている。それは、他人から見れば、あまりにバカバカしいものではあるが。
駅員から、棒状のスタフが手渡され、気動車は金木駅を出発した。もう、完全に日が落ちて、車窓には何も見えない。
17時24分、津軽中里着。
枯れた無人駅を想像していたが、駅は真新しいスーパーマーケットに改築されていて、改札口はその隅に間借りしているようにも見える。それでもちゃんと駅員がいたので、記念に入場券を購入。
4分間の滞留で、列車は津軽五所川原へと折り返す。
夕刻の上り列車は回送同然で、乗客は数人である。それでも、クラブ活動で帰宅が遅くなった高校生などが少しずつ乗って、終点・津軽五所川原駅到着時には十数人になっていた。
五所川原駅では、1時間半の待ち時間がある。駅前通りを少し歩いたら、喫茶店が開いていたので、ここでひと息いれることにした。
五所川原19時30分の気動車で川部に向かう。40系気動車の単行だが、車内は高校生でいっぱいで、座れない。列車本数が少ないこともあるだろうが、このあたりの高校生は帰宅時刻が遅いと思う。
つり革につかまりながら、高校生の会話を傍聴してみるが、さっぱり理解不能である。『ワセダ』、『リッキョウ』、『スイセン』という単語が辛うじて聞き取れた。東京への進学についての話題らしい。進学、あるいは就職のために、故郷を離れる若者は少なくないのだろう。
川部からは、701系電車で青森に向かう。
東北地区に大量投入された新型電車で、3扉・ロングシートは旅行者にとってはあまり好ましいものではない。
20時45分、青森着。
タクシーで予約してあったホテルに向かい、荷物を置いて街に出る。ガイドブックに載っていた居酒屋で夕食。
他に客はおらず、カウンターの向こうで暇を持て余している主人と話がはずんだ。主人は、私よりも多くのビールを呑み、酔っぱらった勢いか、店内に飾ってあったねぶたの原画が入った額を持っていけと言う。
有り難く頂戴することにしたが、4日深夜に帰宅するまで、また荷物が増えてしまった。
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