大阪渡船つあー(3)


千歳渡船 『千歳丸』

千歳渡船
 どこにでもある高層団地---といった一角を脇に入ると、工事中の空き地が見えてくる。地図ではこのあたりに渡船場があるはずだが...と周囲を見回すと、黄色と黒の警戒色の柵にかなりくたびれた『千歳渡船場』の看板がくくり付けられていた。
 スロープを上って堤防を越えると、視界がぱっと開ける。これまで乗った渡船は、川または運河を渡るものであったが、この鶴町渡船は大正内港を渡る航路であるから、周囲が非常に開けているのである。目の前には、建設中の新千歳大橋の巨大な橋脚が見える。対岸の陸上部分では、すでに橋げたの架設も始まっているから、そのうち、この開放的な景色も道路橋に圧迫されてしまうのだろう。
 鶴町側の"旅客上屋"の下では、かなりたくさんの乗客が渡船を待っている。今回試乗した渡船のなかでは、ここがもっとも地元客が多く、かつ、渡船らしい渡船であった。

千歳渡船の看板 千歳渡船場(鶴町側)からの眺め

千歳渡船 船上から鶴町側を望む 千歳渡船場 係員詰所

 やがて、対岸から白と水色に塗り分けられた渡船が近づいてくる。自動式のドアが開き、かなりの下船客と入れ違いに乗船した。船名は『千歳丸』と記されていて、これまで乗った渡船よりひとまわり大きな船体である。
 千歳丸は、すぐに桟橋を離れて、対岸の北恩加島側に向かう。大きな橋脚を除けば、視界を遮るものがないから、非常に爽快だ。もっとも、その快適な船旅も1分あまりで終了である。

 渡船で渡った先は、緑豊かな高層住宅街であった。次に乗る甚兵衛渡船場に向かって、木漏れ日のなかを歩く。これまで見てきたような工場街ではないから、人通りがまったくないわけではないけれど、住人たちの多くが郊外に出かけたのか、行き交う人も車も思いのほか少なかった。

甚兵衛渡船への道
(大正区北村三丁目)
甚兵衛渡船場(左岸側事務所)

甚兵衛渡船 右岸から左岸を望む 甚兵衛渡船 『すずかせ』

甚兵衛渡船
 市営住宅の間を進んだ突き当たりが甚兵衛渡船場であった。やはり自転車に乗った人が多い。高い堤防に囲まれた尻無川の川幅はわずかで、ここも対岸までは石を投げれば届きそうな距離である。渡船場の上流には、木津川にあったのと同じような巨大な水門が見える。
 この渡船は、子供を含めた若い乗客が多かった。無論、大半は自転車を押しての乗船である。渡船は、例によって狭い川幅のなかで大きくS字状に蛇行し、すぐに対岸に着く。

続く


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2000.5.7制作 2000.5.8訂補