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■SLあそBOY■熊本-立野熊本駅0B番線ホームに子供たちの歓声が上がった。見ると、茶色の客車が推進運転で入線してくるところであった。 これから乗る列車は、『SLあそBOY』である。 先頭に立つのは、1922年(大正11年)製の蒸気機関車・58654。今年で車齢80年。子供たちからすれば、『ひいおじいちゃん』に相当する年齢である。1975年の廃車後、人吉市のSL展示館で保管されていたが、1988年に小倉工場で復元され、以来、『SLあそBOY』の牽引機として活躍している。 キャブの窓やランボードの曲線に大正の香りが漂うが、ダイヤモンド型の煙突やシリンダ部分に取り付けられたJRの社章などに、単なる復元ではない新たな進化が見て取れる。忠実に過去の再現を目指す他社の復元蒸機とは違う、JR九州独自の発想が新鮮だ。 10時15分、甲高い汽笛を鳴らして、熊本発。 『SLあそBOY』は、熊本市街地を大きく回り込むようにして、東に向かう。熊本市内の豊肥本線沿線では住宅開発が盛んで、大都市顔負けの高層マンションが立ち並んでいるところもある。頻繁にすれ違うのは、斬新なデザインの新型電車。そのなかを、大正生まれのSLが、黒い煙を吹き上げて力走する。近未来と過去の対比が、面白い。 水前寺を出た列車は、田畑が混在する熊本近郊の住宅地を更に東進する。列車に向かって手を振る子供、多数。並走する国道では、脇見運転の渋滞ができている。SL『やまぐち』号もそうであったように、蒸気列車の注目度は抜群だ。電車と気動車の区別がつかない人はたくさんいるが、蒸気列車と電車の見分けがつかない人は、まず、いない。 『SLあそBOY』の客車は、新しい通勤用客車を改造したもので、編成の両端に展望デッキがついている。本来、展望車というのは、列車の最後尾に連結するものだが、復活蒸気列車の場合、機関車次位も捨てがたい魅力がある。 電化区間の終点・肥後大津を過ぎると、『SLあそBOY』は、阿蘇の外輪山に挑む。列車の速度が目に見えて遅くなり、『しゅっ、しゅっ、しゅっ』というブラスト音の間隔が広がった。わずか3両の客車を従えるだけだが、蒸機にとって、33.3パーミルの勾配はこれほどまでに過酷なのかと思う。 11時25分、立野着。 ■立野-宮地 立野駅は、大規模なZ型のスイッチバック構造の駅である。従って、『SLあそBOY』も、推進運転での出発になる。一時的に"先頭車"となる最後部車両の展望デッキから、スイッチバックの様子を観察する。 3両の客車を最後尾についた蒸機が押し上げるので、蒸機のキャブからは、後方の様子はほとんど見えないであろう。展望デッキに車掌の姿はなく、いったい、どうやって安全確認をしてるのだろうかとも思った。 転向線で一旦停車した列車は、再び進行方向を変える。列車の右手遥か下方に立野駅周辺の集落が見えている。Z型スイッチバックのおかげで、豊肥本線は相当な標高差を稼いでいる。 赤水駅から、列車は阿蘇外輪山の内側を走る。今日は天気がいいから、噴煙を上げる阿蘇山と、その雄大な外輪山の全貌が望める。共に茶色の冬枯れの風景であるから、米国西部の荒野のようにも見えなくもない。 実は、『SLあそBOY』は、単なる蒸機列車の保存運転ではなく、西部の開拓鉄道をイメージした新発想の観光列車でもある。接客を担当する乗務員は、車掌を含めて、Gパンにカウボーイハットといういでたちだ。 車掌はひとり乗務で、駅に停車するたびに、ドアの開閉、安全確認、出発合図など、本来の業務に忙しい。走行中は何をしてるのだろうと売店に行ってみたら、スラリとした長身美人の車販嬢と中年短足小太りの車掌氏が同じカウボーイ姿でカウンターに並び、共に私の目を見てニコヤカに『いらっしゃいませ』と微笑む。コミカルな米国映画のワンシーンを連想し、私は思わずアイスクリームを買ってしまった。 それにしても、『SLあそBOY』の乗務員諸氏のサービス精神は大したものだと思う。カウボーイ姿の車掌はもちろん、機関士や機関助士も、子供たちににこやかに話しかけ、手を振る。蒸機が現役だった頃、動力車乗務員と言えば、技一筋に生きてきた無口な職人気質の人が多かったらしい。しかし、現在の観光列車乗務員は、それだけでは勤まらないのだろう。 今シーズンの『SLあそBOY』の運転は、今日が最後である。明日から、この社員たちは、どんな顔をして電車や気動車に乗務するのかとも思う。 12時29分、終点宮地着。 |
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2002年11月30日 制作 2002年12月19日 修正