急行『たかやま』−−最後の急行グリーン車の旅(3)


キハ120型気動車(角川駅)

■827D(飛騨古川〜富山)

 13時45分頃、富山行き普通列車が到着した。キハ120型、JR西日本がローカル線向けに製作した気動車である。やや小柄な車体で、2両連結の車内は、立ち客も多くいる。
 同じ気動車と言っても、40年近くまえに基本設計がなされたキハ58型とは乗り心地がまるっきり違う。冷房完備のため窓は固定で、空気バネ台車・強力なエンジンと相まって、車内は極めて静かである。運転士が電車みたいな横軸式のマスコンハンドルを手前に引くと、列車はあっという間に加速して、線区の最高速度である85Km/hに達した。
 飛騨細江を過ぎると、高山盆地が尽きる。美濃太田から並走していた国道41号線は、ここから峠を越えて神岡に至り、神岡川に沿って北上、猪谷で再び高山本線と出会う。神岡はかなり大きな鉱山町であるから合理的な経路と言えるが、勾配が苦手な鉄道は、そのまま宮川に沿って猪谷に向かうことになっている。とは言え、ここから先、富山平野に広がる扇状地の要に位置する笹津までは、ほとんど平地がない。高山本線は、宮川が造る深いV字谷のわずかな土地を選んで敷かれている。
 角川ではしばらく停車して、上り特急『ワイドビューひだ12号』と交換。今日の高山本線は、すべての列車が定刻より5〜10分遅れて運転されているようである。ダイヤに余裕がない特急列車は回復運転が難しいようで、普通列車を長時間待たせたあと、岐阜方に走り去った。
 深い山々に抱かれた坂上では、1/3くらいの乗客が下車した。地図では、宮川村の村役場所在地となっている。宮川に沿う道路が貧弱なので、いまでも高山本線が大切な交通手段になっているのだろう。

 ところで、私が乗っているキハ120は、ワンマン運転を前提とした車両である。そのため、乗務員扉はなく、乗務員室も片隅式だ。
 昼間のローカル列車であるから、普通はワンマン運行となるところなのだけれど、この827DにはJR東海の制服を着た車掌が乗務している。居場所がない車掌は、運転席の横に立っていて、駅に到着するごとにマイクで放送し、運転士の後ろで身をよじらせてドアの開閉をしている。非常に働きにくそうな印象だ。昼さがりのローカル列車であり、JR東海としてはワンマン運転にしたいところであろうが、運賃箱にごちゃまぜに投入された運賃の分配などで問題があるのであろう。旅客会社間を直通運転するローカル列車がワンマン対応となっているのは、全国でもここだけであろうと思う。

 いくつかの短いトンネルを抜けると、猪谷駅の場内信号機が見えてきた。ATSのベルがけたたましくなって、猪谷に到着。

827Dの車内

キハ120型(猪谷駅にて)
高山線用のキハ120は、前後で塗色が異なる。

 JR各社の『国境』の駅のうち、この猪谷駅はもっとも辺境にあると言って過言ではなかろう。神岡鉄道が分岐している関係で運転関係の駅員はいるが、出改札担当の職員は配置されていない。広い貨物側線に車両はなく、がらんとしている。

 JR東海の運転士から短い申し送りを受けた運転士は、棚の中からテープを取りだし、デッキにセットした。無味乾燥な女性の声が、この列車がワンマン運転であること、トイレがないことなどを告げはじめた。

 しばらくすると、富山方から上りの普通列車がやってくる。猪谷まで下り827Dに乗務してきたJR東海の乗務員は、休む間もなくこの列車で高山に折り返す。最小の人員で列車を運転するためにこのような行路になっているのだろうが、万一下り列車が大幅に遅れると、上り列車は猪谷駅を発車できなくなってしまうことになる。
 運転担当助役の合図で、上り列車が発車する。次いで高山本線の上下列車から数人の乗客を受けた神岡鉄道の気動車が出発し、構内には827Dだけが残った。

827Dの運転席

猪谷駅本屋

神岡鉄道の気動車(猪谷駅)

神通川を渡る。(827D運転席から)

 猪谷からは、駅ごとに数人の乗車がある。たくさんの貨車が構内を埋めている速星では、地元の子供会の団体が下車。代って、私服の高校生らしい男女が乗り込んでくる。富山市内に遊びに行くのであろう。車内はほぼ満員になった。
 左手から複線電化の堂々たる線路が近づく。北陸本線である。ちょっと古風なトラス橋で神通川を渡ってから、高山本線はその太いレールと合流する。
 定刻、富山着。2両編成のディーゼルカーから、思いのほかたくさんの乗客が吐き出され、改札口のほうに流れていった。

続く


(C)Heian Software Engineering 1999.11.4
 2003.9.19一部修正