急行『たかやま』−−最後の急行グリーン車の旅(2)


飛騨古川駅にて

■急行『たかやま』(岐阜〜飛騨古川)

 岐阜駅では、予想外に多くの下車があり、それと同じ位の乗車がある。
 起点を出れば次は終点という飛行機とは違って、列車の場合は余程特殊な例を除けば、必ず途中駅での乗降がある。どんな客が降りてどれ程の乗客が乗ってくるか、自分が立ちんぼの時はもちろんのこと、そうでなくても結構意外な発見があって、面白い。
 この列車の性格を考えれば、乗車はともかく、降りる人などあまりいないと思うのだが、大阪・京都と岐阜の間の往来は思いのほか多いのであろうか。たしかに、岐阜には新幹線は通っておらず、岐阜羽島から名鉄に乗り継ぐ手間を考えると、『たかやま』は願ってもない列車に違いないのだが。

 岐阜からは、高山本線に乗り入れる。単線非電化、気動車急行にふさわしい枯れた路線のように思えるが、民営化後に速度向上のための投資が行われているから、乗り心地は東海道本線と大差がない。
 車窓には、野菜畑と建て売り住宅が混在する大都市近郊の典型的な眺めが広がっている。
 私がグリーン車に乗る権利は美濃太田までであるから、2号車の進行右側に適当な空席を見つけてそちらに移動する。席を移すなり、さっきの車掌がやってきて、『切符を拝見』と言う。途中でグリーン車から普通車に移るような客は滅多にいないのであろう。大阪駅発行・手書きの急行券・グリーン券をセカンドバッグから取り出しかけたら、『あ、さっきのグリーン車のお客様ですね。結構です。』と言い、一礼をして去っていった。

 鵜沼を出ると、右手からへろへろの線路が近づいてくる。いまどき、貨物の専用線でもこんな貧弱な線路はみかけないが、1日1往復、名鉄から高山本線に乗り入れる特急『北アルプス』号が走る線路である。この珍妙な列車にも乗車してみたいと思っているが、いまだにその機会はない。

 岐阜からは、車内販売のおばさんも乗車している。大手車販が相手にしないローカル列車で時折見かける、地元業者による車内販売である。
 割烹着を着たおばさんが持つ買い物カゴをのぞくと、弁当と数種類の缶入り飲料が入っていた。何かひとつ買い求めたいが、あいにく、私の手もとには大阪で買った弁当がある。美濃太田を過ぎたところで、その『八角弁当』を広げることにした。

『八角弁当』(大阪駅・\1,100)

『八角弁当』の内容
おかずの盛りつけがいまひとつなのは、私が乱暴に扱ったため。

 この弁当、駅弁に関する各種ホームページで比較的高い評価を得ている商品らしい。中身は単なる幕の内弁当なのだが、一見して冷凍とわかるようなフライものなどはなく、値段(1,100円)に見合った高級な食材が使われているようであった。
 弁当をつつき、ビールをふた口呑むと、旅の実感が広がってきた。たおやかな秋の日差しを浴びて、列車は濃尾平野から飛騨の山あい深く分け入ろうとしている。そびえたつ山々の木々はくすんだ濃緑色で、季節のうつろいを告げる一瞬の輝き----鮮やかな紅葉の季節をまえに、静かに息を潜めているようにも見えた。

 車窓右手に、切り立った岩肌が見えてきた。車内に『飛水峡』の案内放送が流れる。飛水峡は細く速くなった長良川がつくる峡谷で、JRの列車から望む渓谷美としては屈指のものであろうと思う。車窓風景を楽しんだ直後、列車は小さな信号場に停車して、『ワイドビューひだ6号』と行き違った。
 11時52分、下呂駅3番線着。『たかやま』からは若干の下車客があるのみである。駅本屋寄りの1番線には、上り特急『ワイドビューひだ8号』を待つ行楽客の行列が出来ている。山あいの温泉旅館で週末を過ごした人たちなのであろう。この列車の名古屋到着は13時35分、少々早いような気もするが、周辺には気のきいた観光施設もないから、こうして帰宅する以外に方法はないのかも知れない。 

奥飛騨を進む

下呂駅にて

 下呂を出た列車は、分水嶺を目指して勾配を登っていく。
 このあたりの駅には、どこにも必ず小さな製材所がある。かつては、材木の積み出しで活気を呈したと思われる貨物ホーム跡地には、小さな花壇が造られ、マリーゴールドの花が揺れていた。
 宮峠をトンネルで越えると、車窓右手に素晴らしい風景が広がっている。高山盆地への高低差を稼ぐため、列車は飛騨一ノ宮に向かって大きく西に迂回するのだが、その間の眺めが私のお気に入りだ。取り入れの終わった水田と瓦葺きの純日本家屋。奇抜な形状のパチンコ屋だとか、豆腐を置いたような安造りのスーパーなどが見当たらないからかも知れない。とにかく、何かほっとするような懐かしい風景だ。高山本線は何度か乗った経験があるけれど、個人的には宮峠前後の車窓がこの線区のハイライトだと思っている。

ヘッドマーク(飛騨古川駅)

飛騨古川駅にて

 12時50分、高山着。予想通り、大半の乗客が下車する。そのあと、予想に反して、十数人の乗車があった。
 次の停車駅は終点飛騨古川、距離にして15Km足らずである。特急・急行列車が末端区間で普通列車に化ける例は多いが、私が乗っているのはいまだに急行のままの『たかやま』号であり、乗車にはどんな短距離であっても530円の急行券が必要である。この十数人が全員急行券を所持しているとはにわかに信じがたいが、飛騨の住人には悪い人はいないと思うことにした。

 急行『たかやま』は、リンゴ畑をかすめながら最後の力走をし、13時09分、飛騨古川3番線に到着した。私は普通列車に乗り継いで富山に向かう予定であるが、この編成は折り返し15時04分発の4712D・上り急行『たかやま』として大阪に向かう。大阪から311.4キロの長旅を終えた気動車は、透明な秋の日差しを浴びながら休息をとる。

キハ85系・特急『ワイドビューひだ』(飛騨古川駅)

飛騨古川駅本屋

 折り返しの整備を受ける『たかやま』を眺めているうちに、富山行きの特急『ワイドビューひだ5号』が到着する。たった3両の短い編成の特急列車である。
 高山で観光客を吐き出した『ワイドビューひだ5号』の乗客は、ネクタイをしめた男とか、ちょっと改まった買い物に出かけるようなおばさんが大半のようであった。もっとも、その広い窓を通して見る客室内には、数える程の乗客しか乗っていなかったが。 

続く


(C)Heian Software Engineering 1999.11.4
2003.9.19一部修正