■木次〜出雲坂根

 木次から先も急カーブと短いトンネルが続く。トンネルの入口部はどれも立派な石積みである。やがて、消灯した出雲三成の遠方信号機が現れ、短いトンネルを抜けると、正面の小高い丘の上に停止現示の腕木式の場内信号機が見えてきた。信号機の脇には『×』印のランプが点灯している。いまは使ってませんよ、という意味なのだろうか。

出雲三成にて

出雲三成の出雲横田方の出発信号機
左下の『×』表示に注目

 駅本屋寄りの上り本線に進入。出発信号機は進行現示で、やはり『×』のランプが点灯している。駅員の姿はなく、他の無人駅と同じ扱いで出雲三成をあとにした。

 『砂の器』で有名な亀嵩駅は、片面ホームひとつだけの予想より遥かに小さな駅で、ソバを食べてる人の姿が見えた。

 12時52分、出雲横田着。構内の側線には、キハ120が一両、ポツンと置かれている。後部の回送車を解放。ここから先、定期列車は1日わずか4往復となり、JRの路線の中でも屈指の閑散線区となっている。4人の社員と9人の乗客を乗せたディーゼルカーは、30パーミルの勾配をよじ登る。時折EB装置の警報音が鳴って黄色いボタンを押すほかは、運転士は前方を注視したまま動かない。いわゆる乗務員室がない開放的な造りであるから、究極のカブリツキでゆっくりと流れる奥出雲の風景を楽しむことがでる。いまは水田の早苗が風にそよいでいるが、晩秋の頃にでも再訪するとまた違った趣があるのではないかと思う。

出雲横田に停車中の549D

出雲横田を出発した549Dの車内

 注意現示の場内信号機が見え、ATSがけたたましく鳴って13時19分、出雲坂根着。

■出雲坂根〜備後落合

 構内には、大きなポリタンクを持った人たちがウロウロしている。有名な『延命水』を汲みにきた人たちなのだろう。駅は国道に面しており、たくさんの自動車が止まっている。トランクに水をしまう人、駅舎で記念写真を撮る人など、結構な賑わいである。

出雲坂根に停車中の549D

延命水を汲む人たち

 出雲坂根駅は運転関係の係員のみが配置されている。切符の販売はないが、かわりに土産物売り場があり、絵はがきや缶入りミネラルウオーターなどが並んでいる。今は列車が停車中だから駅員は本来の仕事に忙しいけれど、それ以外の時間帯は土産物の販売が主な任務なのかも知れぬ。

 改札口上には、『おろちループを車窓から見ませんか?』という手作りの広告が出ている。この549Dと折り返しの554Dで、3段スイッチバック体験とループ橋見物をしませんかという宣伝である。実際に乗る客がいるのかと興味深く見ていたところ、カメラだけを手にした若い家族連れや熟年カップルが7〜8人乗り込んできた。わずか10人たらずとは言え、あの広告のおかげで峠を越えるローカル列車の乗客数は倍加したことになる。

出雲坂根の出発信号機
向かって右が備後落合方

上部突っ込み線のスノーシェッド
向かって左が備後落合方

 逆走距離が長いせいか、一旦エンド交換を行う。宍道方運転台に運転士が移動して急勾配を登ること数分、木造スレート葺きの雪被いが現れ、上部の突っ込み線に到着。周囲は深い森となっていて、展望はきかない。運転時刻表とブレーキハンドルを持った運転士が備後落合方の運転台に移動。雪被いの中の出発信号機が青になって出発。美しく手入れされた杉林の中を列車は進む。

 『みなさま、間もなく右手におろちループが見えて参ります。』

 いくつかのトンネルを抜けたところで車掌の肉声による案内があり、列車は停車寸前まで減速した。乗客全員が一斉に立ち上がり、車窓をのぞき込む。ビデオを回している人もいる。眼前に赤い道路橋が見え、その下に大きなループが見えた。きめ細かなサービスではあるが、この列車の乗客は、出雲坂根以前から乗っていた人も含めて全員が観光客であることが判明してしまった。

 三井野原はスキー場に面した駅で、標高726m。JR西日本の駅では最も高所にある駅であるとの案内放送がある。この駅をサミットとして、今度は25〜30パーミルの下り勾配となる。運転士はブレーキを巧みに操作して、制限速度を超えないように慎重に下っていく。

続く