1997年9月24日(水)-その2

■釧路〜斜里〜ウトロ温泉

 釧網本線4736Dは、キハ54の単行である。
 オリジナルは黄色や橙色の派手なシートであったが、今は落ち着いたチェックのモケットに張り替えられている。座席は全部埋まり、デッキ部分に20人位の立ち客がいたが、遠矢で20人ばかりが下車。釧路湿原駅で旅行者らしい5人が降り、同じくらいの乗客が乗ったが、あとは標茶まで乗降はほとんどない。
 左手の車窓には、釧路湿原が広がる。雲が低く、阿寒の山々は見えない。かつて、交換可能駅はすべて有人であったが、今は標茶まで無人駅が続く。どの駅も古い駅舎はなくなり、待合室のみの小さな建物になっている。

4736Dの運転席

塘路駅に停車中の4736D
(キハ54 517)

 標茶では半分くらいの乗客が下車する。旧標津線の廃線敷がかなり長い間釧網本線に寄り添っているのがわかる。ここから列車は低い丘陵地帯を行く。摩周では旅行者らしい10人程を残して、すべての乗客が下車。ここから先は列車番号が9736Dとなり、臨時列車の扱いだ。

 川湯温泉ではしばらく停車して、これまた臨時扱いの9737Dと交換。
 開業当時の駅舎は今も健在。昔の事務室はレストランになっているが休業中で、待合室に人影はない。観光地の駅によくある、『日観連会員旅館』の電照式の広告が掲げられている。かつて川湯温泉への玄関口であった頃の名残りである。観光テコ入れを狙って駅名まで変更したのだけれど、2本の列車から旅行者らしい下車客はなかった。

 『出発、進行。川湯、定時。』

 運転席からきびきびした喚呼の声が聞こえてきた。9737Dから乗り込んだ若い運転士である。隣には指導者らしい中年運転士の姿が見える。車両は直通するが、乗務員の行路は折り返しになっているようである。
 電子閉塞車載器、ワンマン装置、デッドマン装置など、狭い運転席はあとから取り付けられた合理化機器で余計に狭くなっている。運転時刻表には『山越』の大きな赤いスタンプが捺されている。峠を越える列車は臨時を入れて1日10本しかない。
 川湯温泉を出ると、すぐに25パーミルの上り勾配となり、2エンジンのキハ54もさすがに速度が落ちてくる。新米運転士は、変速位置のまま、マスコンハンドルを目一杯回している。時速40Km弱で原生林の中の線路をあえぎながら上り、短い釧北トンネルを越えると今度は25パーミルの下り勾配となる。
 軽やかに峠を下ると、減速現示の遠方信号機が見えてくる。録音テープの車内放送が流れ、緑着。ここから列車は定期4738Dとなる。

川湯温泉で交換した9737D

川湯温泉にて

 札弦付近から、列車は一面に広がるビート畑の中を行く。車窓右手には、斜里岳とそれに連なる知床の山々がくっきりと見える。
 中斜里には、この付近で収穫されるビートを一手に処理する製糖工場がある。つい最近まで貨物輸送が行われいたから側線は温存されているが、レールの踏面は真っ赤に錆び付いていた。

 列車は左に大きく向きを変え、斜里に着く。

前方展望(南斜里付近)

 斜里駅前には見覚えのあるアーチが残っていて、斜里バスの営業所がある。16時45分発のウトロ温泉行きは、ハイデッカーの観光バスで、高校生でほぼ満席。斜里の高校生は毎日高速バスみたいな豪華車両で通学しているわけである。しかし、停留所ごとに次々と下車し、右手にオホーツク海が見える頃には、バスの乗客は10人足らずとなる。
 17時40分、ウトロターミナル着。貸切状態の旅館協会のマイクロバスで今夜の宿に着く。8階建てのホテルで、絨毯敷きの玄関ロビーは広々としており、北陸や白浜の巨大観光温泉旅館のようである。もはや知床は秘境ではない、という感を強くした。

 最上階の大浴場につかってから、食堂で夕食。再度Gパンに着替えて玄関ロビーへ。これから夜の知床探検に出かける予定である。

■夜の知床

 ホテル前のバス停でしばらく待つと、先程乗って来た車両が定期観光バスとしてやってきた。車内は補助椅子こそ使われていないものの、空席はほとんどない盛況ぶりである。

夜の知床自然観察バス車内で

 ガイドはGジャンをきた自然観察指導員らしい男性で、大きなサーチライトを持っている。手短かにツアーのコースを説明したあと、車内灯が消された。最前部の4席は空席となっていて、ガイドの男性が左右の窓から野生動物がいないか、目を凝らしている。
 集落のはずれの橋を渡ったところで、さっそく野生の牡ジカを発見、バスは急停車する。純粋な野生動物で、せんべいを貰ってのうのうと暮らす奈良公園のシカとは、目つきの鋭さが全然違う。サーチライトを浴びた牡ジカは凍ったように動かない。ライトに目が眩んで、こちらはほとんど見えていないのだそうである。
 その後もシカは至る所で見た。キタキツネも見ることができた。観光客が去った夜の知床は、野生の王国である。

 30分程走って、知床五湖の駐車場着。バスを降りて、今度は星を眺める段取りである。バスがエンジンを止めると、深い闇と静寂があたりを包む。ガイドに促されて天空を見上げると、かなり高い位置に北極星が輝き、北東から南西にかけて銀河が横たわっている。すばるやアンドロメダもはっきり見える。まさに満天の星という表現がぴったりの知床の夜空であった。

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