急行だいせんと山陰最果て鈍行旅行(3)


江南駅にて

■快速石見ライナー

 出雲市駅8時30分発、3121D快速石見ライナーは、キハ58系気動車2両編成であった。朱色とベージュの国鉄制式色をまとったこの快速列車は、ひと昔まえのローカル急行列車の姿を今に伝える貴重な存在である。
 この先、日本海が見えると予想される進行右側の座席を確保しようと思ったけれど、あいにく、どの区画も1人ずつ先客がいる。やむを得ず、夏の終わりの日差しがまぶしい左側の座席に腰を下ろした。

 西出雲で、324Dと交換。この駅も、駅前一帯が整然と区画整備されていて、ビジネス街の形成を目指しているようだ。けれども、駅そのものには細い跨線橋があるだけで、駅舎はない。もちろん、無人駅である。いまは夏草が茂っているだけの土地にビルが建っても、おそらく大半の人々はクルマで移動し、鉄道を利用する人は多くあるまい。にもかかわらず、ここでも"駅"は街づくりの中心となっている。
 かつて、赤字ローカル線が大挙して廃止されたとき、地元の自治体は、『鉄道路線図から我が町が消える』と強固に反対した。レールは、たとえそれを利用する人がわずかであっても、心理的に人をひきつける何かを持っているのかも知れないと思う。

 駅を出てすぐに、車両基地が見える。JR西日本出雲運転区である。ピカピカの285系寝台電車やカラフルな381系振子電車が見える。昨晩乗った急行だいせんの姿もある。DD51は、少し離れた場所でひとりぽつんと仮眠をとっていた。

キハ28の車内

浜田鉄道部のキハ120(浅利駅)

 この春に改称した出雲神西を通過したあと、江南でしばらく停車して、益田からの特急くにびき4号とすれ違う。乗降客はない。
 快速石見ライナーは、その名のとおり、県庁のある松江と県西部の石見地方の都市間輸送を目的とした列車である。浜田までの停車駅は、大田市・仁万・温泉津・江津・都野津。列車によっては、これ以外の駅にも停まるけれど、それはすべて対向列車の待ち合わせのためである。本来ならば、"運転停車"相当なのだが、少しでも乗車機会を増やすために、客扱いをしているのであろう。もっとも、こうしたJR米子支社の細かい配慮に反して、これらの駅ではだれ一人として乗り降りする客はいなかった。現代ローカル線の二大顧客である通学の高校生・通院の老人がいない休日、快速列車にも無視される小駅の乗降客はほとんどいないのであろう。

 しばらくすると、右手の車窓に日本海が見えてくる。誰もいない白い砂浜。ひと夏の営業を終えた海の家には、強風よけの板が打ち付けられている。海面は深い深い藍色。どこか陰のある、裏日本特有の海の色である。

 車内の探検に出かける。乗車率は20%強。鉄道旅行者とおぼしき乗客がその半分を占める。
 "銀箱"を持ったがちがちの鉄ちゃんはいないけれど、カバンの中から三脚がのぞいていたり、あるいは大判の時刻表が傍らにあったりするから、それらしいことはわかる。皆、ぼーっと窓の外の景色を見ている。地元客では、紙袋を持ったおばさんが多い。扇子をパタパタさせている汗臭そうなおっさん、ファッション雑誌を眺めている女の子。鉄道旅行者・地元客ともに、なぜか一人で列車に乗っている人が多く、話し声はまったくと言っていい程聞こえない。単調なジョイント音。床下のエンジンが時折大きな唸りをあげ、列車は坦々と進んでいく。

 江の川を渡って、9時51分、江津着。乗客の半分が入れ替わる。
 10時15分、浜田着。駅北側には、キハ120数両が佇むだけの浜田機関区跡地が見える。このあたりの山陰線は、本州で最後まで蒸機が残っていたところである。扇形機関庫の跡地は切り売りされて、真新しい住宅が建っていた。

下府駅にて

181系特急おき2号(岡見駅)

 浜田を過ぎると、列車は各駅停車となり、磯を眺めて走る区間が多くなる。小さなトンネルを抜け、狭い入り江にわずかな民家と乗る人のいない駅がある。その繰り返しである。民家はどの家も、こげ茶色の石州瓦葺きである。いっぽう、鉄道の駅のほうは、青い色瓦を葺いたペンキ塗りの建物が多い。一般的に、旧国鉄のローカル駅舎は、黒い瓦を葺いた日本式の建物が多いので、何やらちょっと異質な感じだ。

 三保三隅から、列車は海岸を離れていきなりスラブ軌道の真新しいトンネルに入る。明らかに近年建設された新線である。1時間ヘッドで特急が走るような線区では、防災上の見地から、旧線山側に長いトンネルを掘ることはよくあるが、ほとんど儲けの見込めない山陰線にそんな投資をするとは思えない。やがて、列車は速度を落として、岡見に停車。到着寸前、海側車窓に古いトンネルがチラリと見え、その先に巨大な煙突を持つ近代的な建物が見えた。あとで調べると、1998年に運転を開始したばかりの中国電力三隅発電所(石炭火力・出力100万KW)であった。どうやら、海岸沿いに発電所を建設するために、古くからの鉄道を山側に迂回させてしまったようだ。
 生活に欠かせぬが、しかし、誰にも歓迎されない施設を"迷惑施設"と呼ぶという。発電所やごみ処理施設、火葬場、精神病院などが該当する。こうした施設は、巨額の資金を投じて、人里離れた辺鄙な場所に建てられるのが通例だ。広島や岡山に十分な電力を供給するために、単線・非電化、鉄道事業者が1円たりとも新規投資をしないと決めたようなローカル線にも、必要とあらばピカピカの新線を奢ることだって平気なのである。
 岡見では、キハ181系の特急おき2号と交換する。たった3両の寂しい編成だけれど、旧国鉄色の特急列車には、かつての凛としたエリートの面影が残っているようであった。

 滅多に聞けない(?)気動車のオルゴールが鳴って、終点到着の車内アナウンスが流れた。11時10分、益田着。

続く


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