■使用禁止の携帯電話
上に掲げたのは、私が勤務する病院のいたるところに掲示されているポスターである。
『の電源をお切り下さい』という部分は張り紙で修正されているが、そのいきさつはあとで書く。とにかく、携帯電話の使用は医用電子機器に影響を及ぼし、生命にかかわることもあるとして、院内では一切使ってはいけないことになっている。実際、数年前には携帯電話が輸液ポンプを停止させたことが新聞紙上に大きく報道された。また、植込み型ペースメーカに影響を与え、最悪の場合、心臓が止まってしまうと言われている。
植込み型ペースメーカ(実物)アマチュア無線をやったことがある人ならば、電波がこうしたわるさをすることくらいは経験的に理解できることなのだが、電波の知識に疎い新聞記者や医療関係者にとっては、身近な情報機器である携帯電話機がそんなことをするとは夢にも思ってなかったのであろう。あっという間に大半の病院が院内では携帯電話のスイッチを切ることを義務づけるようになった。私の病院でも、昼間の時間帯は繰り返ししつこく放送されている。
※医療機関内ので携帯電話使用に対するガイドラインはこちら
■電波のイタズラ
強い電磁波があるところにダイオードを置けば、その両端に直流(実際には脈流)電圧が発生する。
このまえに試作した電波検知器で電源もないのに発光ダイオードが光ったのは、強力な電磁波がショットキーダイオードで直流に変換(検波)されたからなのである。
ダイオードというのは、最シンプルな半導体素子だ。このダイオードを2つくっつけたのがトランジスタ(ずいぶん乱暴な説明!)、トランジスタを何万、何十万も集めてひとつにしたのが集積回路(IC)である。現代の電子機器には、こうした半導体素子がたくさん使われている。こうした電子機器のすぐそばで携帯電話機を使うとどうなるか。
当然のことながら、電子機器の内部で電圧が発生し、誤動作の原因となりうる。もちろん、そう簡単に電子機器がダウンしたら困るから、『パスコン』と呼ばれるコンデンサなどを内部に配置して少々のことには耐えられるようになってるが、とにかく回路内に不要な信号が混入することは避けられない。
ではなぜ、最近になってこの種の障害が問題になったのか。
そもそも、携帯電話はかなり昔(1987年)からあったし、その前からアマチュア無線や簡易無線など、持ち運びのできる無線機はたくさん存在した。最近になって携帯電話機による機器の障害が表面化したのは、もちろんその普及が爆発的であったということもあるが、最大の原因は『時分割多重多元接続』にあるのではないかと思っている。
私の手元には、ペースメーカの製造輸入業者がDoCoMoと共同で行った実験の報告書がある。人体に似せた食塩水の中にペースメーカを漬け、すぐ近くで携帯電話機を使うとどうなるか、という実験だ。それによれば、ディジタル携帯電話機の場合は、ほとんどすべてのペースメーカで障害が生じるのが確認されている。それとは対称的にアナログ携帯電話ではほとんど障害は発生していない。つまり、あの断続的な電波がわるさの原因というわけである。
■50Hz矩形波の100%変調
ディジタル携帯電話機から発射されるのは、非常に短いパルス状のものであるということはすでに述べた。断続的に発射される個々のパルスには、『π/4シフトQPSK』という基本的には位相変調系(厳密には振幅変調の成分もある)の変調がかかっている。けれども、もっとマクロな視点で見れば、ディジタル携帯電話機から発射される電波は、『デューティー比 1:2(もしくは1:5)の50Hz矩形波で100%変調された振幅変調波』なのである。
従って、ディジタル携帯電話機から発射された電波を浴びた電子機器の内部には、『デューティー比 1:2(もしくは1:5)の50Hz矩形波』が現れることになる。50Hzと言えば可聴周波数、しかも矩形波ですから理論的には無限の高調波を含んでいるわけで、これはもう非常にやっかいだ。 オーディアアンプに混入すれば、『ブーン』という不快なハムになる。ペースメーカの例で言えば、50Hzという周波数は生体が発する電気の周波数と重なっているから、フィルタを使って遮断するのは簡単でない。
ここで気をつけなければいけないのは、こうした誤動作のメカニズムはディジタル携帯電話の基本仕様に起因するということである。ディジタル携帯電話の仕組みを変えない限り、携帯電話側では対策の執りようがない。もちろん、今後新たに登場する各種電子機器は、十分な対策を施したものになろうが、ディジタル携帯電話が世に出る以前からあった機械は、まったく無防備な状態のままである。
これまで述べてきたように、ディジタル携帯電話機が発射する電波は従来の無線機が発射する電波とはまったく違う性質がある。それがどんなわるさをするかは容易に予測できたはずであるが、アナログ携帯電話のパンクを目前にして、見切り発車してしまった側面があるのではなかろうか。
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