鏡野温泉

　田んぼの真ん中にあるらしい、少々怪しい系の温泉。

　"あるらしい"と書いたのは、日がとっぷり暮れてから訪れたので、周囲の景色はまったく見えなかったから。まあ、少なくとも、街灯ひとつない相当辺鄙な場所にあることは間違いない。

　木造スレート葺きの簡素な湯屋。浴室はタイル張りのシンプルなもので、質素な主浴槽がひとつあるだけである。

　掛かり湯をして湯船に飛び込むと、一瞬にして全身の皮膚がぬるぬるになった。とろんとした肌触りの、典型的な純重曹泉だ。
　分析書の上では、重炭酸ソーダ(NaHCO₃)の項でのみ条件をみたす、いわゆる規定泉で、効能をうたえる療養泉には該当しない。けれども、実際にその湯につかると、法律の規定がいかに現実と乖離したものであるかを痛感するであろう。
　中国地方に星の数ほどある、単なる放射能泉よりは、遥かに温泉らしいお湯である。

　冷鉱泉だから、当然、加温、そして循環式だが、加温のためのボイラは何と薪をくべるタイプのものである。湯屋の隣のボイラー小屋では、建築廃材などがごーごーと音をたてて燃えていた。

　内海プレス工業という、小さな工場の敷地内にあり、もともと、工場の従業員用の福利厚生施設であったらしい。

　飲みものの自販機があるだけで、休憩施設はない。

　温泉ファンなら、決して損した気分にはならない温泉であろう。

お気に入り指数:★★★★☆