『なんか、えらい疲れやすいですねん。スカッと疲れがとれる注射を打ってください。』
こう訴えて病院を受診する患者さんが少なからずいる。
はっきり言って、そういう注射が欲しければ、病院に来るよりその方面の関係者に相談していただいたほうが良いと思う(ただし、"覚せい剤"と呼ばれるその注射は高価で、下手すりゃ警察のお世話になりますので念のため)が、とにかく、手っ取り早く疲れを取りたい人は多いようである。
疲れやすい(易疲労感)、身体がだるい(全身倦怠感)といった症状は、ほとんどあらゆる病気で起こりうる。
とくに心不全、糖尿病、肝臓病、悪性腫瘍などの疾患は、こうした症状がきっかけになって発見されることは多い。あるいは、これは私の専門外のことになるが、神経症とかうつ病といった精神疾患の患者がこうした主訴(患者の主たる訴えのこと)で内科を受診することもある。
医師(内科医)の職務に忠実たらんとすれば、こうした患者さんには、まずは『いつから症状がありますか?』、『急に体重が増えたり減ったりしてないですか?』、『身体を動かしたときに息切れがしませんか?』(心不全)、『のどが渇きませんか?』(糖尿病)といった問診をするのが順当だ。
次に聴診器で心臓の音を聞いたり、肝臓が腫れていないか触ってみたり、あるいはむくみがないかチェックする。貧血・黄疸も診ないといけない。
更には血液や尿の基本的な検査を行い、たとえば心不全が疑われれば胸部レントゲンや心電図検査、肝臓病なら腹部超音波検査をオーダーするというのが常識的な診断の進め方であろう。
症状が重く、命にかかわるような場合は経過観察目的で入院させるし、患者の苦痛が強そうな場合はとりあえずのクスリを処方するなりするが、そうでなければ−−−心不全・糖尿病・肝臓病:全部治療方法が違う−−−、『診断がついたら治療を始めましょう』と言って投薬は行わずにいったん帰す。
ところが、『スカッと疲れがとれる注射を打って』欲しい患者さんいとっては、長時間待っていろいろ診察・検査をした揚げ句、『結果が出てから治療しましょう。』と言われ、注射1本打たず、薬もくれないというのはたいへん不満らしい。
この場合、国公立の大規模病院なら容赦なく『診断がつかないのに治療はできません』と言い放つのだが、民間病院や診療所ではそうはいかない。医学的には正しくなくても、患者、つまりは消費者のニーズに反することはなかなかできないからである。
かくして、診察室の観察ベッドは、医学的にはほとんど無意味な点滴をする患者で溢れ、薬局はビタミン剤や湿布を貰う患者が列をなす羽目になる。
経験的に言えば、この種の患者に、『あなたの症状は全身倦怠感と言いまして、糖尿や肝臓、心臓の病気に起こることが多いです...』なんぞと説明してもムダである。患者は診断よりも、とにかく症状を取りたいと思っているし、そのためにはビタミン入りの点滴を打つのが最善と信じているからである。上に書いたような妥当なステップで診療を進めても、結局、『え、点滴打ってくれまへんのか?』と露骨に不満を言われるのがオチである。
それより、へんな理屈は説明せずに、『あ、そうですか。じゃあ、点滴1本、打っときましょう。』とにこやかに答え、適当なクスリを処方しておくほうが病院の"売り上げ"も増える。もちろん、患者だって"無駄な検査もせずに点滴を打ってくれて、何といい先生だろう"と思うに違いない。
おそらく、こうした医学的にみればあまり意味のない治療のために、多くの医療費が費やされていることは疑いがない。こうした治療を『患者のニーズに沿う』という理由で、しぶしぶやっている医師も多いと思う。厚生省だって、こんな医療のためには1円たりとも支出したくはないであろう。
けれども、そういう医療を求める患者が少なからずいるという現実をどう考えるべきか? "患者の立場に立つ医師"として、私はどう対処したらいいのであろうか?
臨床の第一線で働く私の悩みはつきない。
心臓カテーテル検査のスタッフ
(1999.2.25記)