和歌山県で、怪我や病気の程度をごまかして医師に診断書を書かせ、保険金を得ていた夫婦が逮捕された。
第一線の病院で仕事をしていると、保険金請求や障害認定に使う診断書を書いてくれという要求は日常茶飯事だ。身体障害者の認定など、ごく一部の公的用途に使う場合はあらかじめ指定された医師でないと作成できないけれど、その他の民間保険などは診療に従事した医師なら誰でも書いていいことになっている。
『全治○○日』とか、『××月△△日までに出社可能』などという治癒の見込みを書く必要に迫られることはしょっちゅうだが、これは実に難しい。正直言えば、どういった症状があれば全治○○日、なぞという基準はどこにも存在しない。そんなことを解説した書物もない。結局、先輩医師の判断を見聞きしながら、経験で覚えていくしかない。したがって、同じ診断、同じ病状の患者に関して、ある医者は全治1か月と言い、別の医者は全治3か月と診断しても全然おかしいことではないのである。
全治1か月と3か月。診断する医者のほうからすれば大きな差はないのだが、患者の側からすれば全然違う。
平均的な日本人は、大抵の場合保険に入っているから、怪我や病気で入院すれば、1日あたり数千円から数万円の給付金を貰えることになっている。ひと月にすれば、安くて数万円、高ければ数十万円のおカネが手に入るのだ。景気が悪く、働こうにも仕事がないような昨今では、シンドイ目をして病み上がりの身体で働くよりも、なるべく長く入院してたっぷり保険金を貰おうと考えるのが人情である。
こう考えると、医師の診断書というのは絶大な効力を持っている。私が診断書に書く数字によって、患者の『手取り』が数十万円も違うのである。その根拠というのが先に書いたとおり実にアイマイだから、もし、医者がその気になれば、健康な人間を病人に仕立て上げ、"患者"とともに保険金を山分けすることくらい朝飯前であろう。繰り返して実行しない限りは、まずバレないと思われる。(もちろん、やったことはないし、そういう例を身近に見聞きした経験もないが。)
私が医者になりたてのころ、診断書の作成に関して先輩の医師から『ウソを書いちゃいかんが、ウソでない限り極力患者に有利なように書くように』との指導を受けたことがある。今もその教えを忠実に守っている私は、診断書の作成においては、医学的常識の範囲内で、なるべく患者に有利なように書類を作成する。保険会社からすればトンデモナイ医者かも知れないけれど、患者の立場に立つことは臨床医として当然のことだと思うからである。
なお、蛇足ながら、私は患者からの金品は一切受け取らないことにしている。診断書の作成についても同じであるから、念のため。また、医療の現場で、診断書を作成する医師の大半は、私と同じ考えで書類を作成してると思う。ここに書いたことが特殊な考え方ではないことも併記しておく。
ICU(集中治療室・本文とは関係ありません)
(1998.11.4記)