入院と医療費について

 ちょっとしたカゼだと思って病院に行ったところ、医師から入院を勧められてビックリした経験がある方はいないであろうか? 逆に、自宅での治療はとても無理で、担当医師に『入院させてください』と懇願したにもかかわらず、入院の必要はないと帰宅させられたという方もいるであろう。

 いったい、医師は何を基準に入院や退院を決めているのであろうか?

 実は、結核などの特殊な病気を除けば、明確かつ客観的な入院基準・退院基準というのは存在しない。医学生が使う教科書にも出ていないし、もちろん医師国家試験でそんなことを問う問題も見たことがない。新米医師は、臨床経験を積む過程で先輩医師の判断を見聞きして各自が自分なりの入院基準・退院基準を決めているのが実情だ。逆に言うと、医師によって、病院によって、その基準がかなり異なることがある。

 もちろん、診断がつけば入院するのが当然、という病気は数多く存在する。私の担当領域で言えば、急性心筋梗塞などは即入院だ。この病名がつけば、99.99パーセントの医師は即座に入院を指示するであろう。
 心不全とか不整脈などはケースバイケースである。心電図や胸部レントゲン写真の所見もさることながら、こうした病気では『本人がしんどそうかどうか』という心証がその判断に大きく影響する。
 その他、病院に空きベッドがあるかどうか、というのも大きな判断材料だ。言うまでもなく、空床がなければ患者を入院させることはできない。もちろん、先に書いたような入院が絶対条件となる病気では、近くの信頼できる病院にあたって空床を探しだし、患者の了解を得てそちらに転送するが、そうでない場合は、『うーん、ちょっとおうちで様子を見ましょうか...』ということになることもある。
 入退院に関しては、医師の裁量によるところが極めて大きいのである。

 こういうことを書くと、『カネ儲けのために患者を無理やり入院させてる医者がいるんじゃないか?』と考える人がいるかも知れない。残念ながら、そういう医者・医療機関があることを私は否定しない。これについてはまた別の機会に書くとして、今回は入院と医療費のことを考えてみる。

 『社会的入院』という言葉がある。これは、医学的には入院の必要があるとは思えないけれど、社会的・経済的な事情で入院する場合である。

 代表的なものは、自宅での介護が難しい老人だ。こうしたケースは、医療というより福祉の守備範囲に入るのだが、現実には福祉への予算配分が十分でないから病院に入院させることになる。高血圧や糖尿病など、還暦を過ぎるとどんな人もでもひとつやふたつの病名を付けることは容易であるから、老人ならすべてもっともらしい病人に仕立て上げることは可能である。山間部の病院では冬場になると高齢者の入院が急に増えることがあるが、その本当の理由は寒くなると夜中に便所に行くのが大変(旧家では母屋とは独立して便所が設けられていることが多い。)だかららしい。

 公立病院では、県会議員・市会議員が圧力をかけてくるときもある。
 私がまだ駆けだしの頃、とある老人が熱を出して救急外来に来たことがある。患者は某県会議員の名刺(しかし、この手の商売をしてる人の名刺はどうしてこんなに悪趣味なのだろうか?)を差し出し、入院させてくれと言った。診察をしたところ、37℃を僅かに超える発熱はあったが、それ以外に異常な所見はないので自宅で様子を見るように指示した。
 ところが翌日、病棟に行くと、帰宅させたはずの患者が入院しているではないか。担当主治医は内科部長、つまりは私の上司となっている。あとで部長に入院の理由を尋ねたところ、『いや、昨日のキミの判断は正しいんですよ。でも、これ、××さん(=県会議員名前)の口利きでしょ、ま、ここも県立で、増築の予算の関係もあるし...。』という答えであった。

 保険の関係で入院したがる人もいる。
 ある種の保険では、一定期間以上の入院でないと保険金が出ない。
 もうすっかり元気になり、見舞い客とは退院後の話ばかりしているのに、医師に対しては『○○日まで入院させてください。』と言う。おかしいなあ、と思っていると、あとで保険金申請のための用紙を持ってきて、そこにはしっかり『△△日以上の入院の場合、保険金をお支払いします』と書かれていたりする。

 高騰する医療費。これを抑制する手段として政府・マスコミは『無駄な医療費の削減』を叫ぶ。ここにあげた『社会的入院』などは彼らの言う無駄な医療費の最たるものであろうが、いずれも医療機関の都合ではなく、主として患者の希望で入院していることに注目すべきであろう。
 患者ひとりひとりの望みをかなえてあげることは、医者として、医療機関としての当然の責務である。けれども、患者の希望をきけばきく程、結果的に医療費の総額は増大する。ミクロの視点では、現場の医師の温かい配慮と言われるものが、マクロの視点では『無駄な医療費』という悪者に仕立て上げられてしまう。

 もちろん、このままの調子で医療費が伸び続ければ、とんでもないことになるのは私にもわかる。どうにかして医療費を押さえなければならぬ。しかし、臨床の第一線に身を置くものとしては、経済学者やら政治家、マスコミの言う施策はどれも机上の空論のようにしか思えてならない。

 患者も、家族も、そして現場で働く医療従事者も、すべてが満足できる医療費削減策なぞは夢のそのまた夢なのだろうか。

(1998.7.20記)


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