自分の身体の具合が悪くなれば、たいていの人はこれをなおしてもらおうと医療機関を受診する。そこでの最大の関心事は、自分の病気がいつなおるのかということであろう。では、病気がなおるというのはいったいどういうことなのだろうか?
大多数の人のイメージとしては、『身体が病気になるまえとまったく同じ状態に戻ること』だと思う。風邪(上気道炎)、下痢(急性腸炎)などはこれに該当する。熱が下がり、あるいは普通の大便が出るようになれば、身体の状態はもと通りである。これまでと同じ生活ができるし、もちろん薬をのみ続ける必要はない。
これらなおる病気多くは感染症だ。細菌・ウイルスなどの微生物が身体の中で活動することによって、身体の機能に異常をきたす病態である。さきにあげた上気道炎・急性腸炎もそうであるが、こうした病気はわるさをしている微生物を身体から追いだせば身体はもと通りになる。つまり治るのである。AIDS・MRSAなどの新しい問題はないわけではないが、抗生物質の発見によって多くの感染症は過去のものとなった。
ところが、『病気の治癒』を『身体が病気になるまえとまったく同じ状態に戻ること』と定義するならば、実は現在の医学でなおせる病気はごくわずかしかない。
たとえば、今日、病院の内科外来に通院する患者の多くは、高血圧症や糖尿病・脳卒中などを患っているが、これらの病気はすべてなおらない病気である。
一般的に高血圧症とは、としをとるに従って徐々に血圧が上がっていく本態性高血圧症を言うが、実はなぜ血圧が上がっていくのか、その本質はわかっていない。もちろん、これをのめばたちどころに高血圧がなおる、といった魔法のクスリもない。糖尿病だって同じだ。これまで以上に運動をするか、摂取カロリーを制限しないと全身に合併症が起きる。逆に糖尿病の状態が良くなったからと言って、運動や食事制限をやめればもとどおりである。
脳梗塞は、脳の血管が詰って脳細胞が死ぬ病気であるが、一旦死んだ脳細胞は絶対に生き返らない。何の後遺症もなく無事退院できたとしても、CTを撮れば脳の一部に障害を受けたことはたちどころにわかる。
したがって、こうした疾患に関しては、その治癒よりも疾患に起因する身体への悪い影響を最小限に留めることがポイントになってくる。実際、医療の現場では、『高血圧を管理する』とか、『コントロール不良の糖尿病』というような表現をする。決して『高血圧症が治癒した』とか『糖尿病が完治した』というような表現はしない。
感染症がほぼ制圧された現在、病気をどうなおすかというより病気をどう制御するか、患者にとっては病気とどうつきあうかということが問題なのである。
山田先生
(本文とは関係ありません。)
(1998.7.4記)