『奇跡的に治った』病気のこと

 数年前にPL法とやらが施行されて、電気製品の取扱説明書にはやたら『警告』とか『注意』という表現が多くなった。
 『電子レンジで動物を暖めるな』とか、『小さい部品を子供が飲み込むと危険である』とか、おおよそ常識でわかりそうなこと、ほとんどありえないことまでバカ丁寧に書かれているのは、万一事故が起こった際の責任逃れ(という言い方が悪ければ過剰防衛)であろう。

 実はこれと同じような『過剰防衛』が医療現場でも蔓延しつつある。

 最近は医療訴訟が増えて、医者個人や病院に高額の損害賠償を命じる判決も珍しくなくなった。私自身はいちおう保険(年間保険料が4万円以上するのだ! もちろん、個人負担である)にも入っているのだが、とにかくそうした裁判沙汰だけは絶対に避けたいと思っている。大多数の医者も同じ考えであろう。

 医療というのは人の病気を治す商売である。
 患者や家族にとって最大の関心事は、病気が治るか治らないかという結果であってその過程ではない。
 けれども、現実には現在の医学は摩訶不思議な人体のメカニズムの極く一部分を解き明かしたにすぎないから、予想ができないこと、判断が難しいことはまだまだたくさんあるのである。医者ひとりひとりは、そのときどきでBestの判断をしようと努力しているのだけれど、あとから見れば全然見当違いの判断をしていた、ということはよくある話で、結果論で医者の判断が評価されれば及第点を貰える医者はいないであろう。

 そういう状況では、『ムンテラ(医療用語で患者への説明のこと)は厳しく!』というのが常識となってくる。つまり、患者や家族に病状の説明を求められた際は、最大限に悪く言うのである。

 医者が『もう大丈夫ですよ、心配ありません。』と言ったにもかかわらず、急に容体が悪くなれば、患者や家族は『医者がミスしたんじゃないか!』と考えるかも知れない。
 逆に、『いつ死んでもおかしくありません』と言われた病人がみるみる回復すれば、医者に感謝することはあっても、医者を恨んだり疑ったりすることはまずないであろう。

 そこで、私も含めて、いまどきの医者は『重症です!』とか『奇跡でも起きない限り助かりません』というようなことを平気で言うことになる。

 無事病院を退院した有名人が『何とか生きようと必死でがんばり、奇跡的に退院できました』なんぞと得意気に喋っているのを見聞きすることがあるけれど、私に言わせれば主治医に騙されてるのに(ちょっと過激な表現かな?)お目出度い奴だ、ということになる。

 もちろん、モノゴトには常識というものがあるから、風邪で発熱した程度では『死ぬかも知れない』とは言えないけれど、かくして『奇跡的に』病院から生還した人は、今後ますます増えることは間違いないと思っている。

(1998.2.11記)


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