医者への『御礼』

 ひと昔まえよりだいぶ減ったが、それでも患者さんから『御礼』の金一封を差しだされることがある。
 私立病院ならともかく、公立病院の勤務医は立派な公務員であるから、こうした金銭の授受は贈収賄の罪に相当すると思うのだが、こうした『御礼』をめぐって、医者や患者が捕まったという話はきいたことがない。
 社会通念として許容される範囲のこととして、検察や警察も黙っているというところなのであろう。

 さて、こうしたお金を医師に渡すことによって、治療に手心が加わることがあるのであろうか?
 正直言って、『御礼』の有無、あるいはその金額の多少によって治療の内容が変わるということは、まず絶対にありえない。従って、そういう下心を持って金品を渡すとすれば、これはまったくムダである。
 入院中、一生懸命治療してくれた病院のスタッフに感謝したい−−−というごく自然な気持ちで贈り物をするというのなら悪くはないと思うのだが、受け取るほうとしては、その真意を測りかねることが多い。

 私自身はこの種の金品は一切辞退することにしているが、かつてはありがたく頂戴していた時期があった。
 勤務医の給料は一般に考えられているほど高くはないから、その収入は大変魅力的であったが、それ以上のあと味の悪さ、うしろめたさがあって、あまりいい気分ではなかった。

 私が知る大多数の医者は、自分の信念と良心、知識と技術に基づいて患者さんの治療を行っている。それでいくら儲かるか、とか、ナンボの得か、というようなことは考えていない。もし、我々の治療行為に感謝してくれるのであれば、近況報告のお手紙を書いていただければ一番嬉しいと思う。

(1997.11.9記)


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